yinyang[1]柔道とは、考え方と動きの中で最良を求めるもの

講道館を開いた数年後、嘉納治五郎先生は、二つの柔道の基本理念、皆が理解するものの実践する人は非常に少ない、柔道哲学の礎石とも言えるものを書かれました。「精力最善活用」と「自他融和共栄」です。一つ目は動きに関する基準、二つ目は道徳に関するものです。

精力最善活用は、すべての活動において、物理的、精神的エネルギーを最大限活用するという意味です。自他融和共栄は、他の人との調和を図るため、また共に成長するため、前述の原則を適用することによって達成することができます。

考えと行動において卓越することを決意を持って求めること、それが二つの嘉納先生の基本理念を合わせたものです。考えにおける卓越性は、練習の中で、また決まりの中において、あなたが表現し他の人に提供できるすべての良いもの、美しいものであり、行動における卓越性は、一本をとるため、あるいは完璧な動きをするための継続的な努力です。

これまでの記事の中で、形の練習中や乱取りで疲れているいるとき、注意を維持できなくなり、簡単に集中が途切れてしまうことを指摘してきました。

疲労によるストレス下では私たちの性格のネガティブな部分が出てきてしまうものです。マンホールの蓋がネガティブな力の圧力によって、時にはゆっくりと、時には激しく持ち上がり開いてしまうようにです。その時の疲労と弱さという理由に振り回されてしまうからです。

このようにいうと、まるでホラー映画のストーリーですが、オーバーに言ってるのではありません。たいていの練習、乱取りにしても形にしても、たいていこうなるのです。つまり、私たちは自分たちにとりついたネガティブなエネルギーに支配されてしまうのです。

以前の記事で、「精力善用国民体育の形」の「鏡磨き」を行うときに心の中で唱えるべき詩を取り上げましたが、それはまさにその通りなのです。

1889年5月11日、文部大臣の前で嘉納治五郎先生が行われた演説の中で、柔道が現存する武術中抜きん出て、日本のすべての学校において採り入れられることが正式に発表されました。なぜなら柔道は、教育的で、身体的かつ道徳的に人を成長させ、特に若者を「精神的な啓発」へとリードするからです。

あのマンホールの蓋はまた開くでしょう。しかし有能な、そして柔道スピリットを持った若者は、自身の中にいる悪影響を及ぼす敵を掌握するでしょう。柔道の練習の中でも、社会の中でも。

次は「柔道〜相手の心を読むことができる」でお会いしましょう。
大日本武徳会範士 アルフレード・ヴィズマーラ

Translation of Noriko Habuki